大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)1802号 判決

原告 三浦昭平

右訴訟代理人弁護士 中込泰子

被告 小松原兼輔

右訴訟代理人弁護士 伊東眞

主文

一  被告は原告に対し、三五万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年七月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、四二三万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年七月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告との間において、昭和四二年二月ころ、被告所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の一階南東部分四坪(以下「本件店舗」という。)について賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、その後更新を重ね、昭和五八年一〇月一日、期間昭和六一年九月三〇日、家賃一箇月三万〇五〇〇円とする契約更新を行った。

本件建物の一階部分には、五店舗が入居し「潮田マーケット」と称して食品等の販売を行っており、また、二階部分には、六所帯が入居できる共同住宅となっており、原告は、本件店舗において「鶴一精肉店」という名称で肉店を営んでいた。

2  本件建物は、昭和六一年一月一五日、二階部分から出火して二階の三所帯部分を焼失したが、一階は、天井が消火作業のために一部破壊されたほか全く焼失を免れたものの、本件建物の電気は止まり、火災の臭いも残っており、食品販売には支障があった。

3  被告は、本件店舗の貸主として、賃借人たる原告が賃借目的物を店舗として利用できるように、停止した電気は通じるようにし、また、焼燬した部分は取り除いて焼け跡の臭いが消えて食品販売に支障がない状態を作り出す義務があるにもかかわらず、電気工事をしないまま、かえって昭和六一年四月ころ、原告に無断で本件店舗内の肉切り機等の備品(以下「原告所有物件」という。)を搬出し、また、本件店舗に造り付けた冷蔵庫、間仕切り及びショーケース(以下「冷蔵庫等」という。)を破壊し、本件建物を解体してしまった。

4  原告は、被告の前項の債務不履行ないし不法行為により、次の損害を被った。

(一) 被告が本件建物を解体したことにより、原告が本件店舗において営業できなくなったことによる逸失利益 一七七万三〇〇〇円

原告は、本件店舗における肉店経営により年間約二六〇万円の所得を得ていたが、昭和六一年二月から本件店舗賃貸借契約期間満了の同年九月までの八箇月間営業ができなかった。

(二) 被告が原告所有の物品を破壊したことによる損害 二四五万八〇〇〇円

冷蔵庫の設置工事代金 九〇万円

間仕切りの工事代金 二〇万円

ショーケース購入代金 一〇〇万円

水道工事代金 三〇万円

無断で搬出され損傷された挽肉機の修理代金 五万八〇〇〇円

合計 二四五万八〇〇〇円

よって、原告は被告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づき、四二三万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年七月一二日から支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本件建物の一階部分が全く焼失を免れたことは否認し、その余は認める。

3  同3の事実中、被告が昭和六一年四月ころ、本件建物内に残置されていた原告所有物件を搬出し、原告が本件建物に附合せしめた冷蔵庫等を本件建物の残骸と共に解体したことは認め、その余の主張は争う。

4  同4の事実は知らない。

三  抗弁

1  本件建物は、昭和六一年一月一五日の火災(以下「本件火災」という。)により消滅し、原・被告間の本件賃貸借契約は目的物の滅失により終了したものである。

すなわち、甲野太郎が二階アパートの一室に放火したため、本件建物の二階部分は燃えかすの柱・骨組を残すだけで屋根の大半を失い、かつ、消火による冠水のため天井・床・壁等が大破し使用不可能となり、一・二階部分の各入居テナントは全員即日本件建物から退去し、電気、ガス、水道等も火災と共にその供給が止められた。

被告は、本件火災の一週間後に建築会社である殖産住宅相互株式会社溝口支店に対し、本件建物の焼け残り部分を利用して大修理により本件建物を原状に復元できるか否か、復元可能として、その修理費用の金額を尋ねたところ、同会社は、本件建物の柱まで火が通っており、柱を入れかえるのであれば改築と同じで、改築の見積もりは出せても修理の見積もりは出せないと回答した。

以上のとおり、本件建物は、本件火災により焼燬しなかった残存部分では全く建物としての効用を有しなくなったのであり、また、修復によって原状に戻すことが物理的に不可能で、仮に修復が可能であっても経済的にみて通常の費用では回復が困難なのであるから、本件賃貸借契約は目的物の滅失により終了したというべきである。

2  仮に、本件賃貸借契約が終了していないとしても、本件火災とこれによる建物の損傷の結果、本件建物の一階各店舗部分を賃借していた者(原告を含む。以下「一階賃借人」という。)はいずれも営業が不能となり、このため、被告と一階賃借人は、被告において本件建物を再築し、新建物に一階賃借人を再入居させることで合意し、昭和六二年三月中旬ころ、被告と一階賃借人との間において本件建物にかかる賃貸借契約を合意解約したから、本件賃貸借契約も合意解約されている。

3  被告は、原告が本件建物内の所有物件を搬出せず、任意に搬出するのをまっていたのでは改築が遅延し他のテナントの開業計画にも影響し多大な損害を与えるおそれがあったため、昭和六一年四月三日付け書面により、原告に残置した物品を搬出するように催告したうえ、同年五月九日、被告の費用をもって原告の残置物件を搬出し、被告の委託した日絹倉庫株式会社に保管させ、同年六月三〇日原告に引き渡した。

したがって、被告が原告所有物件を本件店舗から搬出し、冷蔵庫等を解体したことは、いずれも事務管理であり、違法な行為ではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、甲野太郎が昭和六一年一月一五日本件建物の二階の一室に放火して本件火災となったこと、本件建物の入居者が退去させられたこと、電気、ガスの供給が止められたことは認め、その余は否認し、本件火災により原・被告間の本件賃貸借契約が終了したことは争う。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実中、被告が原告に対し、原告所有物件を搬出せよと催告したこと、原告が右物件の引き渡しを受けたことは認め、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件賃貸借契約が本件火災により終了したか否かについて判断する。

1  本件火災による本件建物の損傷の程度について検討する。

甲野太郎が昭和六一年一月一五日に本件建物の二階部分に放火し、本件火災になったこと(請求原因2、抗弁1)、本件火災により本件建物の電気は止まり、火災の臭いが残って食料品販売に支障があったこと(請求原因2)、本件建物の入居者は本件火災により退去させられたこと(抗弁1)は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件建物は、昭和四一年一一月三〇日に建築された木造瓦葺モルタル壁(但し、二階の梁は軽量鉄骨)の二階建て店舗兼共同住宅であり、その敷地面積は二〇四平方メートル、一階部分の床面積一三七平方メートル(登記簿の面積一四五・七四平方メートル)、二回部分の床面積一五六平方メートル(登記簿の面積一五三・一九平方メートル)である。

本件建物は、別紙第一図面表示のとおり、南側において歩道、道路に、北側において駐車場の通路に、東側において駐車場に、西側において貸ビデオ店にそれぞれ隣接している。

本件建物は南北の長さが約一八・八〇メートル、東西の長さが約八・四メートルであり、一階部分は、「潮田マーケット」と称して五店の食料品を扱う店舗が入居していたが、その状況は別紙第二図面表示のとおり、中央に通路があり、両側に店舗が並んでいて、東側において、南側から順に原告の経営する「三浦肉店」、「おおもり惣菜店」、食料品店の「なわて屋」が並び、西側において、南側から順に八百屋の「八百慶」、魚屋の「魚重」、共同便所及び倉庫が並んでいた。

本件建物には、別紙第一図面表示の西側の外階段と別紙第三図面表示の北側の外階段の二個の階段があり、通常は西側の階段を使用していた。

本件建物の二階部分は別紙第三図面表示のとおりの構造であって、西側に幅〇・九メートルの通路があり、これに各部屋の入口が接しており、南側から順に小柳博方、白井繁雄方、都栄検査株式会社の独身寮(穴沢昌嗣、菅野良一及び甲野太郎が居住していた。)、志良堂清方、植木三千男方、北目徳昭方、共同便所、北側階段となっている。

(二)  本件火災は、甲野太郎が昭和六一年一月一五日に本件建物の二階部分に放火したことにより生じたもので、本件火災により別紙第三図面表示の白井繁雄方、都栄検査株式会社の独身寮、志良堂清方の三部屋合計六九・三平方メートルを焼燬したものであり、右三部屋は、天井が焼失し柱、棟木等も黒く焦げ、屋根の大半を焼失してしまった。

白井繁雄方は、西側の四・五畳の間の天井及び屋根が焼燬して空が見える状態となり、屋根瓦の破片及び木の燃え殻が落下し、また、六畳間の天井も一部焼燬して燃え殻が落下しており、さらに、消火作業により水をかぶっていた。

都栄検査株式会社の独身寮は、西側のドアが内側において一部焼燬し、黒く焦げて表面に貼ってあった合板がめくれているうえ、玄関の柱も表面が黒く焼燬し、また、台所の流し台、ガス台、洗濯機等も焼燬しているうえ、西側のガラス窓の格子も黒く焦げており、さらに、四・五畳間は、天井がすべて焼失し柱、棟木が残っているものの屋根瓦はすべて落下しており、北側の押し入れの襖及び志良堂清方との仕切りの板壁も焼失している。そして、六畳間は、天井がすべて焼失し、柱、棟木、もや、つか等が残っているものの屋根瓦はほとんど落下し、押し入れの襖、棚、志良堂清方との仕切板壁も焼失し、押し入れの床板も西側の一部を残して焼失し、その燃え殻及び屋根瓦が一階の「なわて屋」及び「おおもり惣菜店」の箇所(別紙第二図面表示の「一階天井焼燬部分」とある箇所)に落下していた。

志良堂清方は、玄関の片開きドアが締まったままの状態で焼失し、ドアの枠組が残っているだけの状態であり、また、四・五畳間の天井もすべて焼燬して屋根瓦が落下している状態で、さらに、六畳間も天井がすべて焼失し、東側の屋根瓦が残っているだけで、他の瓦は落下してしまい、北側に沿って置かれた茶箪笥、テレビ等も焼燬して倒壊し、東側窓ガラスのガラス戸も焼失して落下しており、南側の押し入れの襖は全て焼失し、都栄検査株式会社の独身寮の六畳間が見える状態であった。

本件建物の一階部分は、消火作業によって水をかぶったものの、別紙第二図面表示の「一階天井焼燬部分」の箇所が焼燬して、天井板四枚が落下しただけで、他に外形的な損傷部分はなかった。

しかし、本件建物の配電関係は、電線が内部で焼け、かつ、消火作業による水をかぶっており、漏電を防止するためにすべてやり直す必要があり、排水の配管についても、ビニール管であることから変形しており、これもすべてやり直す必要があり、また、ガスの配管についても同様であるうえ、給水設備についても一部を除いてやり直す必要があり、柱についても多少使えるものがあるにしても、一階部分から屋根まで通っている柱は取り替える必要のあるものもあり、さらに、モルタル塗りの外壁にもひび割れがありそこに水が滲み込んでいる状態であるうえ、電気工事のやり直しの際、壁の中に電線を通すので、結局はすべてやり直すしかない状態であった。

(三)  横浜市鶴見消防署長は、本件火災により本件建物のうち二階部分四六平方メートル及び小屋裏三五平方メートルを各焼損し、半焼した旨記載した「り災証明書」を発行している。

池田勝士は、被告が契約していた共栄火災海上保険相互会社に対し、本件火災の被害状況、損害額を「鑑定書」と題する書面によって報告しているが、それによれば、本件建物の二階共同住宅部分の中央居室押し入れ付近から出火し、二階部分の軸部柱、桁、屋組を全焼し、一階店舗部分胴差及び二階梁の一部を焼破し、その他の内部造作、建具等にも消火活動による注水によって濡れたり、汚れたりし、また、スモーク汚損を生じて、本件建物の二階部分において一〇〇パーセント(再調達価額一九〇〇万円)、一階部分において二五・三八四六一五パーセント(再調達価額三三〇万円)、本件建物全体において六九・六八七五パーセントの損害(再調達価額二二三〇万円)を被ったとし、保険契約上の損害額一五六一万円と報告している。

(四)  被告の息子である小松原孝は、本件火災後、本件建物を建築した殖産住宅相互株式会社溝口支店を訪れ、二階部分のみの修繕が可能か否かを相続したところ、柱が燃えているので二階部分の補修を行うことはできず、本件建物をすべて解体して建て直すしかない旨の回答を得た。

被告は、神奈川ナショナル住宅株式会社に請け負わせて、本件建物を解体し新築したが、同社の専務取締役で一級建築士である小林義和が、本件火災後に本件建物を見分したことがあった。その後、同人が、本件建物の焼けた箇所を全部壊し、設備を全部取り替え、燻焼部分を補強した場合の工事費を見積もったところ、本件火災当時の材料、人夫価格で三五三五万九〇〇〇円を要し、本件建物を解体して新築する場合の費用は、解体費を除くと全部軽量鉄骨で二八〇〇万円、一階部分を重量鉄骨、二階部分を軽量鉄骨にすると三一〇〇万円であった。

原告は、日動火災海上保険株式会社との間で造作等の火災保険契約を締結していたが、同社から本件火災による損害は全損ではなく、水に濡れた程度なので五〇パーセント位であるといわれ、昭和六一年四月一九日、同社から一五八万四二七三円(総保険金額四二〇万円)の保険金を受領した。

以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。

2  右認定事実を前提にして、本件火災により本件賃貸借契約の目的物が消滅し、本件賃貸借契約が終了したか否かについて検討する。

ところで、建物が賃貸借契約の目的物になっている場合、火災等により賃借建物が滅失すれば賃貸借契約も終了するが、賃借建物の一部が滅失した場合には、その主要な部分が消失して全体としての効用を失い、賃貸借の目的が達成されない程度に達した場合に賃貸借も終了すると解され、その判断に際しては、消失した部分の修復が物理的に可能か否かのみならず、その修復費用が家主の負担する通常の修繕費で修復されるものか否かも判断資料とされ、その修復費が新築する費用に近いか又はそれを超える場合には、賃貸借は終了したと解される(最高裁判所昭和四二年六月二二日判決参照)。

そこで、右の観点から本件について考察するに、本件建物は、昭和四一年一一月三〇日に新築された木造瓦葺モルタル壁の二階建て建物であり、本件火災により、二階部分の中央にある三部屋が燃え、屋根が抜けて空が見える状態になったのであり、また、その消失した部分の柱、棟木等が燻焼、焼燬しているだけでなく、東側の窓、押し入れの床板、隣室との板壁まで焼失しているのであり、さらに、熱による排水用のビニール管の変形、建物内の配線の焼燬、ガス管、給水管の損傷、モルタル外壁のひび割れ等が生じていたのである。

また、本件火災に対する消火作業により、本件建物の内部まで水びたしになり、配線関係が濡れて漏電のおそれがあるばかりでなく、モルタル外壁のひび割れ部分に水が滲み込み、また、天井板等にも消火用の水と燃え殻等による汚れが生じて、構造的な修繕のみならず内装にも補修が必要な状態となった。

そして、本件建物を元のとおりの二階建ての建物に完全修復するには、通常家主が負担する修繕費用をはるかに超える三五三五万九〇〇〇円の費用がかかり、その金額は新築する費用よりも四三五万円以上も高くなるのであり、また、火災保険会社は、本件建物が本件火災により約七〇パーセントの損害を受けたと評価し、再調達価額を二二三〇万円と見積もっているのである。

なお、本件建物の一階部分は、一部天井が焼燬して天井板が四枚落下した以外に本件火災の外形的損傷はないが、二階部分の屋根が中央において消失してしまっているのであるから、構造的にも屋根の修復が不可欠であるうえ、燻焼した柱の交換、補強や消火用の水で濡れた壁等の修復も必要であり、また、本件火災及び消火作業により損傷した配電、給排水、ガス関係の配管工事等は当然にやり直す必要があり、そうしない限り電気、水、ガスの供給は不可能であるうえ、モルタル外壁も全面的にやり直さない限り雨水が滲み込んでくるおそれが高く、さらに、燃え殻及び消火用の水によって汚れた内装を修復する必要もあるから、外形的な損傷の程度のみにより、本件店舗が本件火災により多大な損傷を受けていないものとはいえない。

また、本件建物の一階部分のみを残し、焼燬した二階部分をすべて解体して、一階建ての建物として修復することも考えられないではないが、その場合には、一階を店舗、二階を共同住宅としての機能を有した本件建物の効用は大幅に減り(二階部分の共同住宅による賃料収入はなくなる。)、また、その場合であっても、焼燬した二階部分の解体、屋根の全面的な築造、配電、給排水、ガス関係の工事、外壁の修復工事は必要であり、家主が負う通常の修復費と比較して著しく高額の費用を要することが容易に推認されるのであって、右の修復工事を行う場合であっても本件店舗は本件火災により多大な損傷を受け、高額は修復費用がかかることを否定できない。

もっとも、横浜市鶴見消防署長は、本件火災により本件建物が半焼した旨の「り災証明書」を発行し、また、原告が造作等に関して契約していた火災保険会社は、原告の損害が水をかぶった程度で半損位だとして、一五八万四二七三円の保険金しか支払っていないのであるが、しかし、消防署の被害評価は、本件建物の消失ないし焼燬した状況から判断したもので、本件建物の効用回復のための修復費用まで考慮したものかは疑問であり、また、保険会社の被害評価も、専らその保険会社が負担する保険金算定(原告の造作の被害程度が評価の対象である。)のために行われるものであって、本件店舗の効用を回復するための修復費用まで考慮したか著しく疑問であって、これらの事情をもって、本件店舗の被害状況を軽微なものとは認め得ない。

そうすると、本件建物は、本件火災により賃貸人が通常負う修繕義務では賄えない損傷を受けたものであり、そして、本件店舗は、本件建物内の一部として存しているものであるから、本件建物の完全な修復なくしては本件店舗の効用(雨風をしのぐという最低限度の建物としての効用のみならず、電気、給排水、ガス等の設備といった今日の建物が備える効用も含めて考察すべきである。)は回復しないのであって、本件店舗自体が本件火災による直接の損傷をうけていないとしても、本件建物の効用が主要な部分で喪失し、それを完全に回復するために家主が通常負担する以上の修繕費を必要とし、かえって、本件建物を取り壊して新築するほうが経済的であるというのであるから、本件店舗は主要な部分が喪失し、賃貸借の目的を達成されない程度に達したものと認められるのである。

したがって、本件賃貸借契約は本件火災により終了したものというべきである。

3  以上のとおり、本件賃貸借契約は本件火災により終了したのであるから、原告の本訴請求中、被告の修繕義務違反を前提にする逸失利益の損害賠償請求は、その前提を欠き失当である。

三  原告の不法行為に基づく損害賠償請求について判断する。

1  原告は、被告が本件店舗内にあった原告所有物件を搬出してこれを損壊し、また、本件店舗内に造り付けた冷蔵庫等を本件建物とともに解体して破壊した旨主張し、被告が本件店舗内から原告所有物件を搬出し、かつ、冷蔵庫等を解体したことは(請求原因3の事実)当事者間に争いがない。

そこで、被告が原告所有物件を搬出し、冷蔵庫等を破壊した経緯についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

本件建物は、本件火災により電気が止められ、また、焦げた臭いが残ったため、食料品を販売することができない状況となり、昭和六一年二月分からの賃料徴収もなくなった。

しかし、一階賃借人は営業を再開しないと生活できないため、昭和六一年一月二〇日ころ、被告に対し、一日も早く営業再開ができるように頼んだところ、一週間位して修理には多額の費用がかかり、建築後二〇年も経過しているので建て替えをしたい旨の回答があった。

その後、一階賃借人は、同年一月末ころ被告の依頼した建築屋から新築する建物の説明を受け、同年二月初めに被告から新築建物の設計図を見せられた。

原告は、右設計図では柱が多く、原告の賃借する部分(本件建物と同じ東南部分)の正面に階段がくる設計であったため賃借を断ったところ、設計変更する話になったが、被告の依頼した建築業者は階段の位置を変えることはできない旨説明していた。

被告は、「八百慶」の主人との間において、階段を原告の賃借する部分から西側の「八百慶」が入居する予定の箇所に移す交渉を行い、また、被告の息子である小松原孝は原告に対し、同年三月中旬新築する建物に入居するように求めたが、原告は、階段の位置が変えられないと聞いていたことや肉屋は設備費用がかかることから、賃借権を被告に買い取ってくれるように申し入れ、原・被告の交渉は決裂してしまった。

その後、被告は、本件建物の解体工事にかかるに際して、本件店舗内の原告所有物件及び冷蔵庫等を収去する必要から、昭和六一年四月三日付け内容証明郵便をもって、原告に対し、同月一五日から解体作業を始めるので、同月一四日までに原告所有物件の搬出をするように求め、解体工事の際に残置されているものは不要物として処分すること、建物が新築された後は引き続き賃借して欲しいことを申し入れた。

これに対し、原告は、同月一一日付け内容証明郵便をもって、本件店舗からの原告所有物件及び冷蔵庫等の撤去には相当の費用と時間がかかるので被告の要望に従って撤去することはできない旨回答し、原告の妻が昭和六一年四月初旬に本件店舗を訪れた際、原告所有物件及び冷蔵庫等はなんら損傷もないまま本件店舗内に存置してあった。

しかし、被告は、昭和六一年五月ころ、本件建物を解体する業者に依頼して、本件店舗から原告所有物件(スライサー、挽肉機)を搬出し、同年五月九日、日絹倉庫株式会社に保管を依頼し、また、冷蔵庫等を本件建物本体とともに解体してしまった。

なお、原告所有のショーケースは冷蔵機能を有するが、本件建物に附合していたものではなく移動可能であり、また、冷蔵庫は本件建物の壁に密着していないが、タイルと金属でできた物で壊さない限り移動が不可能であり、さらに、スライサー、挽肉機は自由に移動できるものであった。

被告は、昭和六一年四月二三日、本件建物の一階の賃借人らに対し、建物を新築するので、敷金、礼金は従前のものを充当し、賃料のみを坪当たり月額一万円に増額する条件で引き続いて賃借して欲しい旨記載された「念書」と題する書面を差し入れたうえ、本件建物の解体工事にかかった。

原告は、昭和六一年六月三〇日、日絹倉庫株式会社から原告所有物件のうちスライサー、挽肉機のモーターの引き渡しを受けた。

なお、日絹倉庫株式会社の保管料一万八〇〇〇円は原告が支払った。

以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。

2  右事実によれば、被告は、原告が承諾していないことを知っていたにもかかわらず本件店舗から原告所有の物件を搬出し、また、冷蔵庫等を損壊してしまったもので、不法行為が成立するというべきである。

なお、被告は、原告所有物件の搬出及び冷蔵庫等の損壊が事務管理である旨主張し、また、本件賃貸借契約は本件火災により終了していたのであり、原告の本件店舗の占有が賃借権に基づくものとはいえないが、しかし、本件火災は前記認定のとおり、本件建物の一階部分の損傷が外形的には僅かなもので、通常の修繕で機能を回復するように考える余地があったのであり、原告も、本件火災により本件賃貸借契約が終了したとは考えておらず、建築の専門家でない原告にはそう考えたとしても無理からぬ点があり、かつ、被告は原告に対し、本件火災による本件建物の損傷の程度及びその修繕費用等について十分な説明を行っていないのであるから、原告に本件店舗の占有権限がなく、不法占有であると断じ、その緊急性から、被告が原告所有物件を勝手に搬出又は処分し得るとはいえず、また、被告は原告に対し、昭和六一年四月三日付けの書面をもって、同月一四日までに原告所有物件の搬出を求めているのであるが、原告の所有物件が造り付けの冷蔵庫やショーケースといった持ち運びに困難を伴うものであることを考慮すると、原告に与えられた日数は十分なものではなく、かつ、原告が搬出しなければ、被告がそれらの物を不要物として処分し得ると認める証拠もないのであり、その他、被告が事務管理として、原告のために本件店舗から原告所有物件を搬出又は冷蔵庫等を解体したと認める証拠はなく、むしろ、被告が本件建物の解体作業を進行させる目的のみで搬出又は解体したと認められ、原告の右主張は失当である。

したがって、被告は原告に対し、不法行為に基づき、本件店舗から原告所有物件を搬出し又は冷蔵庫等を解体したことにより生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告が被った損害について考察する。

(一)  原告は冷蔵庫の設置代金及び間仕切り工事代金を損害として主張するが、本件賃貸借契約は本件火災により終了しており、原告は本件店舗からの退去を拒めず、退去に際しては冷蔵庫及び間仕切りの収去義務を負うのであって、しかも前記認定のとおり、冷蔵庫については、解体しなければ移動できないものであるから、その設置工事代金(設置後の減価償却分を控除した金額になるのは当然である。)をもって、損害額を算定することはできず、また、間仕切りについても解体して搬出するしかないと考えられ(その点の証拠はなく、間仕切りの構造等を認める証拠もない。)、その設置工事代金(減価償却分を控除することは前に同じである。)をもって損害額を算定することはできず、結局、解体後の冷蔵庫及び間仕切りの価値をもって損害額を算定せざるを得ないことになる。

ところが、冷蔵庫及び間仕切りの解体後の価値を算定する証拠はない(なお、《証拠省略》は、原告本人尋問の結果によれば、本件店舗内に設置されていた原告所有物件の見積書ではなく、新たに購入する場合の見積書に過ぎないことが認められ、なんら損害算定の証拠とはし得ない。)。

したがって、冷蔵庫及び間仕切りの取り壊しによる損害金額は、その算定に必要な事実を認めることができないというべきである。

(二)  原告は、ショーケース購入代金を損害額として主張し、原告本人尋問の結果によれば、本件店舗に設置されていたショーケースは、原告が一〇〇万円で購入したことが認められるが、しかし、右ショーケースは営業用資産であり、所得税法上も減価償却しうる物件(所得税法二条一項一九号参照)であるうえ、長年使用してきた物件が損壊されたからといって、その購入価格をもって損害として算定することは、当事者の公平の観点からしてもできない。

そこで、右ショーケースの損壊による損害を算定するに、原告が右ショーケースを購入した時期を認める証拠はないものの、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令一五号)によれば、冷凍機付の陳列棚及び陳列ケースの耐用年数は六年、冷凍機付でない陳列ケース等は八年であり(同省令別表第一参照)、その残存割合は一〇〇分の一〇であって(同省令別表一一参照)、右年数、残存割合によって税法上減価償却しうること、前記のとおり、本件賃貸借契約は終了しており、原告は右ショーケースを本件店舗から搬出しなければならず、その際には運搬費がかかること、原告本人尋問の結果によれば、原告は現在肉屋を経営しておらず、店員として働いていることが認められ、仮に右ショーケースが存したとしても、原告が現在これを必要とする状況にないことを考慮すると、被告が原告に対し、右ショーケースの購入価格の三〇パーセント(三〇万円)相当額を賠償すれば、その損害が償われたと認めるのが相当である。

したがって、被告は原告に対し、本件店舗内のショーケースを損壊したことにより、三〇万円の損害賠償をすべきである。

(三)  原告は水道工事代金を損害として主張するが、前記説示のとおり、本件賃貸借契約は終了し、原告は本件店舗から退去しなければならず、本件店舗に配管された給水管も解体せざるを得ない状況にあったから、水道工事代金をもって損害算定の根拠とはできず、配管された給水管を解体した後の価値を損害として算出すべきところ、右水道工事の内容はもちろんのこと解体後の給水管の重量さえ認める証拠はない。

したがって、本件店舗内に配管した給水管の取り壊しによる損害金額は、その算定に必要な事実を認めることができないというべきである。

(四)  原告は、被告によって搬出された挽肉機の修理代金を損害として主張するので検討するに、前記認定のとおり、昭和六一年四月初旬当時、本件店舗内には挽肉機が無傷で存したにもかかわらず、原告は、同年六月三〇日、被告が保管を依頼した日絹倉庫株式会社から挽肉機のモーターしか受領していないのであるから、被告が挽肉機を本件店舗内から搬出した際に欠落し、モーター部分しか残っていなかったと推認され、これに反する証拠はない。

そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は挽肉機の欠落した部品を五万八〇〇〇円で購入したことが認められるから、被告が本件店舗から挽肉機を搬出し、損傷したことにより五万八〇〇〇円の損害を被ったというべきである。

したがって、被告は原告に対し、挽肉機を損傷したことにより、五万八〇〇〇円の損害賠償をすべきである。

四  よって、原告の本訴請求は、三五万八〇〇〇円及びこれに対する不法行為後である昭和六一年七月一二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、その限度で認容することとし、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西田育代司)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例